フリーアニメーター 田舎暮らし 

田舎で暮らすフリーアニメーターの日々を気ままに綴っています。

動画でスピードを得るには

まったく忙しくないというのにブログの更新がまた滞ってしまった。
春からアニメーターになった人達は、自分のやりやすい仕事の仕方が少しずつ確立してきたころだろうか。
こんなタイミングでまた微妙な記事を投下してしまうことを許してほしい。

 

中途採用者やインターンもいるだろう…ってことで、時期的に全く的外れとも言いがたい、と思いたい。

 

 

 

 

動画でスピードを得るには

 

単価の低いアニメの仕事は 時間との戦い。
今回は自分が意識せずともゆとりを持って月に500枚の動画を描いていたときのことを記事にする。

 

 


生きるためのノルマ


アニメの制作スケジュールはおおむねタイトなもの。だがいくら納期があっても、悠長に仕事をしてたら生活費もままならない。

動画の場合は昇級や在籍にノルマを課している所も珍しくない。


このノルマの多くは、決してアニメーターを苦しめるためではなく、「この程度がこなせなければ今後本人が苦しむだけ」という尺度。
常に必死で息つく間もなく脇目も降らず、そんな新人動画マンも少なくないように思う。

 

自分の在籍していたスタジオでは、一年目のうちに月350枚を達成しなければ離職させられる。原画試験を受けるには500枚を3ヶ月連続で達成することが条件だった。

 

自分もやはり勤め出した当初は一瞬の無駄もなく仕事をしようとして働いた。席についているときだけでなく、移動時間やトイレの間も時間を意識し続けた。
よく最短距離を早足で移動していたので、廊下のかどで肩をぶつけていた(あぶない)。

 

それが、いつの間にか自然と500枚達成するまでのスピードを得るまでに至った。

動画作業を経験したことのない人にとってはピンとこないかもしれないが、これは自分の周囲を見ていて早い部類だった。
軽めのカットがなかなか回ってこない元請けもあるようなスタジオだったので、他の会社の事情に疎い自分からしても結構優秀な方だと思って良いのだと思う。

 

はじめは会社の定めたノルマを達成することが目標だった筈が、意識と実践でそのノルマを軽々と越えられるだけの力をつけたのはなぜか。

折角なので、自分がどんな風にしてそのスピードを身に付けたのかを思い出せる限りここに残しておこうと思う。


フリーになった今、自分のやりたいだけの量を受け、もう時間やノルマに追われるようなことはないけど、どこかの誰かの役に立てば幸いだ。

 

 

 


「まずは早さを身に付ける クオリティは後からついてくる」


当時、動画研修を担当していた動画検査(動検)さんの一言を今でも忘れない。この言葉がなければ今のスピードは身に付いていなかったように思う。

 

この一言を聞いていたのは自分ひとりではない。それでも速度に差が出たのは、クオリティを下げることに躊躇したかどうかだと思う。

 

質を下げれば当然、チェックが通らない。多くの仲間は、なるべくイッパツでチェックをクリアすることを目標にしていた。

 

チェックを受けている時間は動検の横で立って見ていなければならず、指摘を貰ったり修正箇所を実際に指示されたり、学びの時間でもあるので実作業をすることができない。


チェックの回数が少なければその分鉛筆を持っていられる。チェック中の指示が少なければ、それだけチェックにかかる時間も短縮できる。
結果、より多くの作業時間を確保して枚数を稼ごうというプラン。

 

これを可能にするには、まず自分のできる限りの丁寧な動画を上げることが必須となる。つまり、一枚一枚を丁寧にしあげるためにかかる時間以上には早くならないということだ。

 

では質を下げて速度を上げるとどうなるか。


まず、動検に怒られる。というか注意される。
じっくり丁寧にやれば30分かかる仕事を、15分で上げる。当然いたるところに綻びが出るのでチェックで色々言われる。

 

ここで注目したいのが動検も仕事があり、その合間で研修をやっているということ。(スタジオによるが)


つまり、1から10までは指摘してこない。
大事な部分だけ、重要度の高い順に指摘してくる。チェックを終えたら指摘された部分はきっちり直す。

 

 

きっちり直せると、通るのだ。

 


丁寧に上げたときに頑張っていた部分が出来ていなくても通ってしまうのだ。
これを繰り返すと、動検が何を大切に思っているか、動画のどこを主にチェックするのかが見えてくる。そうすると、要点だけを押さえた時短動画で一発OKを貰えるようになる。

 

チェックを受けたら指摘された部分はきっちり直す。実は、はじめはこれが難しい。何故なら、自分の腕が質を下げた感覚に慣れているから。

繰り返していると、早さをコントロールできるようになってくる。スピードが身に付いてきたところで大切な部分から丁寧に作業していく。

 

時間と腕前を天秤にかけ、余力がでればその範囲を広げて徐々にクオリティを上げていく。とても美しい動画とまではいかなくとも、そこそこに美しい動画までは持ってことができる。

 

同期の中に、「低質な物を上げる自分が許せない」と言う人もいた。絵が描きたくて、アニメが好きでこんな仕事をしているのだから、誰だって意図して下手な絵なんて描きたくないだろう。


速度を上げるために一瞬でも質を下げることに抵抗がある人にとっては、この方法で仕事をすること自体が楽しくなくなってくる事もある。
苦しい業界で戦う中で、自分を支えてくれる大きな支柱を腐らせてしまうことになる。


だからといって、このやり方が苦しいばかりではない。
素早い作業の中で自分をコントロールし、徐々に精度が上がっていく様は自分の事なのに見ていて楽しい面がある。
最初はボケボケだったピントが徐々に合っていくような感覚や、筋トレを続けた成果が見える瞬間とも似ていて、素早いロングストロークがイッパツで決まったときは爽快でもある。


しかしまぁ自分の同僚のような考えの人も少なくないので、気質として向き不向きの大きいやり方だ。

 

 

 


早さを手にいれるには


とはいえ、動検によっては、上がりが全然ダメすぎて無言で突き返されることもある(かもしれない)。ここで、チェックを通すための最低限のクオリティを守るために必要なポイントを整理しておく。

 

これらは出来れば自分の力で発見出来た方が身に付くし意識も上がる。もし動画になりたての人がこの記事を読んでいる場合は、上記のように動検にまともにチェックして貰えなかった場合に参考にしてもらいたい。

 

 


動検が見るポイント


※自分が在籍していたスタジオでの場合。

 

目と目の周辺 【!最重要!】

視聴者が見るのは一にも二にも目もと。
一瞬で場面転換するアニメの世界、目さえキレイに描けていれば「作画がいい」と錯覚する視聴者は山ほどいる。
瞳孔、睫毛や目尻など線の終わりがバラバラでガタってないか。
瞼の幅が中割で変わってないか、など。
目の周辺の眉、前髪や鼻あたりも目立つため一緒にチェック。

 

アウトライン(シルエット)

セルとそうでない部分(背景)の境界となる部分。
ベタ塗りと水彩塗りなどの塗りの差が出る分、粗が目立つのがシルエット。
毛先、アホ毛、髪についてるリボン、肘などの間接など、特に角になっている部分を始め、頭の丸みなども目立つので注意する。

 

先端、コーナー、交点

毛先など長さが中割で変わっていないか。太さ(幅)よりも長さ(先端)のガタが目立つためしっかりチェックする。

 

 

以外とセーフなところ(スタジオによる)
線が真ん中を通るかどうかはあまり重要ではない。

複雑な1/3割りや1/4割りも、片側に寄ってさえいれば概ね通る。


〈時間の意識〉
・分単位の意識をする。
一枚何分かかるか、実線は何分、色トレスは何分、裏塗りは何分かかるか常に意識する。

・時間単位の意識をする。
午前中に何枚、昼御飯までに何枚、15時までに何枚、17時までに何枚、19時までに何枚描くか決め、常に遅れを意識する。

・日数単位の意識をする。
一日あたり何枚描くかの目標を立て、毎日ペースを見直す。

 

〈線の意識〉
ロングストローク
一発で引ける線の長さを把握し、これを少しずつ伸ばすよう意識をする。
はじめは終着点に印をし、そこを目指して線を引く。
背筋をなるべく正し、視界を広く確保する。
無駄な線を引かない。消ゴムの時間を省く。

・効率よく線を引く
同じ角度、近い角度の線をなるべくまとめて引く。紙を回転させる時間を省く。
(ヌケやすくなるので注意)
同じ色トレス線をまとめて引く。
裏塗りは塗り分けが必要なパーツ部分から塗る。

〈提出〉
・消しカス掃除
紙を軽くさばいてからクリップで束ね、左手でめくり右手で羽ぼうきを使う。
このとき裏塗り忘れがないか、動画番号を見て枚数に不足がないかも確認する。

 

補足
自然と無理なく達成といっても、無理の範囲は人それぞれなので補足説明しておく。自分の場合は会社の定時内(10時-18時か19時だったかな?)で、残業したり休日出勤したりしていないということ。
定時内は昼休憩とトイレ休憩を2-3回程とって、他は基本的に机に向かっている状態。

人それぞれと言っておきながら、この勤務時間で体力的に無理があると感じた場合は、残業や休日出勤、スピードアップ諸々よりもまず体力作りをして欲しいと個人的には思う。

自分の場合、月頭1日から25日前後でだいたい500枚に到達するペースだった。
頑張って500枚描いても動画なら精々10万前後なんですけどね( ´,_ゝ`)

しかしながら新人ほやほやアニメーターの動画マンにとって、二桁もらえるというのは結構テンション上がることだと思う。
給料が全てではないけど、400枚と500枚の違いはこの辺にもあるのではないだろうか。

 

早さは後からはついてこない。
極力丁寧に仕事をするのはもちろん素晴らしい事だけど、一度板についたスタイルはなかなか剥がすことができない。
スキルの向上で微々たる速度アップはあっても、飛躍的に早くなるということはない。
かわりに、早さに慣れてしまうと辛抱強い仕事が辛くなる。
1時間かかる物量のトレスが苦痛になる。早く仕上げたいあまりに粗が出てしまう。
どちらにせよ「良いものをコンスタントに上げる」という意識が必要となってくる。


私見ではあるが、信念も大事だが仕事であることを忘れずに割り切って挑めると精神衛生上よろしい。
とはいえ結局は自分の付き合いやすい方法で、仕事と向き合うことが近道なのかもしれない。